蘇我馬子(そが の うまこ)は、飛鳥時代の政治家、貴族。「馬子」であるが男性である(当時は「子」が男女問わずに用いられた)。邸宅に島を浮かべた池があったことから嶋大臣とも呼ばれた。敏達天皇のとき大臣に就き、 以降、用明天皇、崇峻天皇、推古天皇の4代に仕え、54年に渡り権勢を振るい、蘇我氏の全盛時代を築く。
生年は不詳であるが、名前の「馬子」は午年生まれであることに因む可能性もあり、『公卿補任』に「在官五十五年」とあることから、550年の庚午年前後であろうと推定する人もいる。
父は蘇我稲目。 姉に蘇我堅塩媛(欽明天皇妃)、『日本書紀』では妹に蘇我小姉君(欽明天皇妃。なお『古事記』では「小兄比売」は堅塩媛のおばとされる)。
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妻は『日本書紀』では物部弓削大連(物部守屋)の妹、『紀氏家牒』・『石上振神宮略抄』神主布留宿禰系譜料では物部守屋妹の「太媛」、『先代旧事本紀』天孫本紀では物部鎌足姫大刀自(父は物部守屋の異母弟石上贄古大連、母は物部守屋同母妹の布都姫)とある。
子に蘇我善徳、蘇我倉麻呂、蘇我蝦夷。蘇我入鹿、蘇我倉山田石川麻呂は孫。 また、娘に河上娘(崇峻天皇妃)、法提郎女(田村皇子妃)、刀自古郎女(とじこのいらつめ)(聖徳太子妃)など、外戚となって権力をふるった。